コラム

本当に大切なことは何なのか:留学で学んだこと

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今回は、大切なことと時間について書いていきたいと思う。

前回は、もっと自由に生きていいということを書いた。

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自由ということに焦点を置いて、世間体、他人の目を過度に気にしなくなると、自分と向き合うことができるようになり、自分にとって何が大切なのかを考えるようになった。

きっと全ての人に共通する目標は、”幸せになること”。

こんな話がある。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患ってしまった実業家で成功を手にしていた60代前半のある男性はこう言った。

「この病気には感謝しています。病気になって初めて人生で本当に大切なことは何かを学びました。今までは、事業を成功させることがとても大切だと思っていましたが、いくら成功して高級車や大きな家に住んでいてもなんの意味もないことを知りました。世間では、卒業した大学名やその人の収入ばかりに目がいくが、本当に大切なのは、自分が幸せかどうかということだったのです。本当にそれに尽きます。もっと娘と多くの時間を過ごしておけば良かった。」

そして、フランス人の多くはそのことについて非常によくわかっている気がする。

僕が、不動産屋に行った時、ある接客担当の人は、「ごめん、帰る時間だ」と言って、僕の要件を聞き、あとは後日ここに電話して、と僕にメモを残し、そそくさと帰っていった。日本だとお客さんをほっといて、終業時間だ、じゃあ帰ろうという場面にはなかなか出くわさない。僕は、面食らった。働き方や、労働時間だけでなく長期休暇も取得しやすいフランスらしい出来事だったが、消費者にとっては不便で仕方がないけど、素敵だと思った。

また、僕が留学している街では、ほとんどの地元が近い(車で何時間かの)学生は、この街に部屋を借りているにもかかわらず、週末になると必ず実家に帰省する。僕の親友のインドネシア人には、フランス人の彼女がいる。しかし、彼女も例外なく、彼氏をおいて毎週末、近郊の街の家族の元へ帰省するので、僕の親友は毎週末1人で寂しい夜を過ごしている。家族と時間を過ごすことが、彼らにとってどれだけ大切なのかがひしひしと伝わったくる。

もちろん、幸せの定義は、人それぞれ違うし、それに伴って幸せのために必要となってくる要素も異なる。

しかし、自分の中で、幸せの定義が漠然としていると、幸せを追求するには、何に重きを置けばいいのかわからない。だから、自分にとっての幸せはなんなのかを具体的に定義し、自分の幸せに沿って取捨選択するということは、幸せになる上で大切なことだと、こちらに住んでから気づくことができた。

僕が具体的に思い浮かべる3つの大切にしたいもの、人は、”自分”、”大切な人”、”お金”なのかなと現時点で考えている。もちろん全ての選択をこの3つに沿って決断することは不可能だし、世の中にはやりたくなくても、やらなければならないこともある。でも、僕は、上記の3つを極力優先させたいと思うし、大切にしようと決めている。

まず”自分”に関しては、何事も自分があってからこそだからだ。自分の状態が悪いと、自分だけでなく、周りの人も不幸にしてしまう。よって、日頃から、食事の栄養バランスを意識してみたり、時に自分を喜ばせて、楽しませて適度にストレスを発散させてみたり、睡眠時間を充分にとってみたりと、自分を大切にするようにしている。日頃の生活習慣や、生活の中での余白も僕自身の前向きさや落ち着きに繋がると感じている。

そして、自分を大切にするという意味では、自己成長にも重きを置いていて、自己投資を金銭的にも時間的にもケチらずにしている。例えば、読みたい本があれば買うし、受講したいオンラインコースがあれば料金を支払って受講する。

あとは、自分を認めてあげるようにしている。フランスに来て、僕は、4ヶ国語を流暢に話す人、授業中物怖じせず自分の意見を積極的に言える人、頭の回転が早い人、お金持ちの人、プレゼンが非常に上手い人など本当に多種多様な人に会った。この人達は、僕が日本に住んでいたままでは、会えなかった人たちで、どの人も僕にはないものを持っていて、羨ましく思ったり、妬ましく思ったり、自分にイライラしてる時期もあった。でも、ある日、僕はそんな自分を受け入れることにした。それはきっと、前回の記事で書いた個性を認め、尊重するということに気づいた頃だったと思う。僕には僕の良いところがあり、無理して誰かになろうとしたり、自分を変えたりしなくても良いのだと気づいた。これは、僕にとって本当に大切な気づきで、おかげで肩の荷がふっと降りたのを感じる。もちろんプレゼンスキルを上げる、語学力を上げるなど、自分の一側面を向上させるため努力するのは素晴らしいことだが、隣の芝は青く見えるとも言うように、ただ誰かがそのスキルを持っているからと言って、自分を否定することや卑屈になることは無意味だと言うことを知った。

このように、自分を管理し、成長させてあげ、受け入れてあげるという意味で、自分を大切にするということは今後も継続したいと思う。

そして、”自分”に続き、”大切な人”も大切にしたいと思っている。フランスに来て言語力や知り合いがない中で実感したのは、自分は1人では生きていけないということ。大切な人を大切にするなんて当たり前じゃないかという声が聞こえてきそうだが、みんながみんな本当に大切な人を大切にできているのか。僕は、そうは思わない。

例えば、親孝行。今まで育ててきてもらい、本当に感謝がいっぱいなはずの両親に時に冷たくしてしまった、あたってしまった経験は誰しもあると思う。一度、日本を離れてみて感じる大切さ、心強さ、そして、フランス人の親に対する接し方をみて、ちゃんと親孝行しなければと感じた。

そして、家族。僕には、結婚を考えている人がいて、その人と将来家庭を築いた時に、何よりも家庭を優先できる自分でいたいと思う。誕生日、記念日、出産の立会い、そして、子供ができたら運動会、家族旅行。したいことは沢山あるし、妻や子供が刻んでいく大切な思い出に自分がいないのは非常に悲しい。そんな一生に何度もない大切な人との日々よりも大切なものなど本来はないはずなのだ。これは、まだ就職していない僕だからこそ言えることかもしれないが、そんな大切な日々を、仕事を理由に見逃すわけにはいかないと強く思う。毎日家族を優先するのは難しいかもしれないけど、ちゃんと大事な節目節目には、一緒にいてあげられるような大人になりたい。

そして、友人。僕が留学するとき、辛かった時、励まし、応援してくれたのが友人たちだった。楽しい時、嬉しい時、一緒に笑ってくれたのが友人たちだった。一緒に将来を語りあって、切磋琢磨できる存在であり、認め合える、刺激を受けられる友人たちがいる。そんなかけがえのない友人たちには、本当に感謝しかないし、これから何かあった時も、お互い支え合えるような存在でいたいと思うし、昔話に花を咲かせたり、励ましあったり、高め合ったりできる友人たちを大切にしたいと思う。

そして、最後に“お金”について。ここでお金を出すのはどうかと思ったが、やはりお金は必要なものであり、大切なものだと感じている。お金で解決できないこともあるが、お金で解決できるようなことはそれ以上に沢山あると思う。日本にいた際は、よく考えれば、いらないものを買うなど、便利だから、いつか使うだろうと思って買ってしまう時があった。でも、いざ留学して、日本とフランスを何度か行き来してみると、実際に持っていけるのは(僕の場合は)23kgのスーツケース2個。夏服冬服を入れて、必要な本を入れて、最低限必要なものを入れたらもうそれだけでいっぱいいっぱいなのだ。そんな経験を何度かした後、結構いらないものってあったのだな、と気づいた。そして、今までは、不明確だったお金の流れも家計簿をつけ始めたことで、可視化することができるようになった。だから、これからは本当に必要なものかを考えてものを買い、しっかりとしたお金の管理をして、お金を大切にしていきたいと思う。

斎藤一人さんが“大切にしたものが残る”という話をしていた。非常に腑に落ちるところがあったのでここでシェアしたい。

彼は、死ぬ時に自分が大切にしたものが残っていると言っていた。例えば、友人を大切にしたら死に際に友人が残り、自分だけを大切にしたら死に際には自分一人が残り、自分さえも大切にしなかったら自ら死を選んでしまい、お金だけを大切にしたら死に際にお金だけが残り、ブランドもののハンドバックを大切にしたら死に際にはブランドもののハンドバックが残ると話していた。

つまり、大切にしたものだけが残るのだ。

逆に、自分が大切にしようと思っていたものを疎かにしていると、自分の元から離れていってしまう。

これも当たり前のことだが、当たり前のようにできていない人は多いと思う。

だから、僕は、”自分”、”大切な人”、”お金”をちゃんと大切にして、幸せになりたいと思う。

そして、この章の最後に“時間”について付け加えたい。

時間は全ての事象に関係してくる。

先日、学校のマネジメントの授業で、時間についての講義があった。

その先生は、現在の管理職の人たちは、タスクをうまく人に割り振れず、自分で抱え込んでしまって、その人自身の時間がなくなってしまうという問題点を指摘していた。そして、”Share and lose time in order to gain time”とホワイトボードに書き、自分のための時間を作るために、タスクを割り振ることや、時に、与えられたタスクを断る勇気も大切だと語った。

つまり僕は、これを、時間を費やすべきものかどうかを見極めることが大切なのだと解釈した。自分は何に時間を費やすべきなのか、何に時間を費やすべきでないかを考えるきっかけとなった授業だった。

もちろん全てにはっきり白黒をつけることが良いとは思っていない。必要でないものを全て省くのではなく、寄り道を楽しむことも大切だと思う。

しかし、日常生活を見返してみて、無駄だとは思っているけど短期的な快楽に結びつくからやってしまうことって多いと思う。

僕にとって、それはスマホゲームだった。スマホゲームはどれも手軽で、無料で、暇つぶしには最適で、非常に楽しいものだ。しかし、それに1日何時間も時間をかけるが有意義かと考えるとそうでないと思い、一年前に携帯ゲームアプリを全て消去してから、携帯ゲームをする習慣はなくなった。

これは飽くまでも、僕の経験であり、携帯ゲームが自分の中で大切だと思う方、趣味の一つだと思っている方はやめる必要は全くないと思うし、むしろ、時間を割いてでもやったほうがいいと思う。ただ単に、僕にとって携帯ゲームは大切ではなかったという話だ。その時間を使って、大切なもの、人に時間をかけた方が僕は有意義だと感じたのだ。

このように、大切なものと時間を意識することによって、自分の軸を決めることができたというのは、自分にとって大きな学びとなった。人生は一度きりであり、いつ終わってしまうかもわからない人生で、自分にとって大切でないもの、人に、多くの時間を費やすのは、もったいないと思った。社会に出たら、きっと思い通りにいくことが全てではないと思うが、それでも、この大切なもの、人を忘れずに日々を過ごせたらと思う。