コラム

もっと自由に生きて良い:留学で学んだこと

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今回は、僕らが日本人が窮屈な理由。外国人の自由、個性に対する考え方を書いていこうかなと。ちょっと長くなるから、読むのは時間があるときに。

僕が感じた日本人とフランス人の大きな価値観の違いは、社会の中での自身の捉え方だった。

日本では、どちらかというと、自身を集団の中の一人として、捉えていて、フランスでは、どちらかというと、自身を個として捉えているように感じる。

日本人は、その集団の中でどのようにして生きるか、どのようにうまくやっていくかを重要視している気がする。そして、そのために、集団の中でのルールを重んじ、世間体や他人の目を気にして、嫌われるのが怖いから良い人となり、直接的な表現を避け、時に自分を押し殺してまで空気を読んで、「〜するべき」「〜であるべき」という常識に癒着している。

もちろん、日本人にも俗にいうぶっ飛んでいる人というのは存在している。

僕も、人生の中で、ぶっ飛んだ人は何人か会って来ましたが、その内の一人が、高校生時代に参加した”高校生のための起業家講座NES”というイベント(高校生の人いたらこのイベントとてもおすすめです)で知り合ったTくんでした。イベントの中で、様々な有名経営者が登壇し、講演をしていく中、彼は、質問をバンバン投げかけ、経営者の方々と普通に対等に話していた。そして、経営者の方々もそのTくんをとても評価していた。普通に話すことなんて簡単じゃん、と思うかもしれないが、当時高校生の僕からしたら、彼はぶっ飛んでいた。

このように、一部のぶっ飛んだ人たちは実際存在しているが、彼らを除くと、後はほとんど誤差のように見受けられる。

そして、僕も例外なく、集団主義を持った内の一人だ。日本にいる時は、自分は日本人の中では、比較的行動的で奔放に生きている方だ、と思っていたが、いざフランスに来てみると、僕自身ちゃんと日本の文化を良くも悪くも継承し、日本人の特徴を体現していたのだ。

一方、フランスでは、自身を個として捉え、集団を過剰に気にすることなく、規律に制限されることなく、自分の思ったことを口にし、思うように行動し、批判を恐れずに言えば、自己中心的に、そして他人に特に干渉するわけでもなく、個性を大切にしている印象を受ける。

ここで僕が実際に体験して、とても驚いた例を挙げたい。

ある日、僕は友達の家でホームパーティーに誘われ、当時近くに住んでいた友人Tくんと一緒にそのホームパーティーに行くことにした。

Tくんは、ホームパーティーを行うメンバーと割と仲が良く、学校でもいつも一緒にいるようなメンバーの一人だった。

しかし、ホームパーティーに行く道中、あと徒歩5分で着くというところまで来て、Tくんの携帯に電話がかかって来て、他の家での友達の集まりに来ないかと誘われていた。

あぁ、でも今からホームパーティーあるから断るんだろうな、と思っていたら、なんと「行くよー」って承諾して、電話が切れた途端、笑顔で「ごめん、他の友達のとこ行ってくるね」と言い残し、そそくさとその場を去っていった。え?って、行っちゃうのって思った。日本だと優先度の度合いにもよるが、基本的には先着順で、もし他の友達と会う予定があれば、そっちを優先すると思う。少なくとも僕はそうだった。

このような出来事は、少なくとも僕が日本で生きてきた中では経験したことがないので、これが海外か、と唖然としてした。

逆に、ちゃんと自分の中で優先順位を決めて、きっぱり断る力を持ってることに感心した。

もちろん、これはフランス人みんなが一般的にこのような感じではないし、僕たちみんながこのようにあるべきだ、と言っている訳でもない。

飽くまでも、極端な例を挙げているにすぎないが、実際にここまで自由ではないにせよ、比較的自由な考え方を持っている人が多い気がする。

個性という面でも、フランス人は、誰かが普通とは違うことをしていても、嘲笑うこともないし、干渉することもない。これは、フランスでの同性愛が認められていることにも現れているのではないかと思う。

僕の学校の友達にも、バイセクシャルを公言している友達が2人いるし、公言することが特別なことではないようだ。そして、バイセクシャルであるからと言って、嘲笑うこともないし、避けることもないのだ。むしろ、差別的なことを言ったりすると周りから怒られる。

このように個性が認められていて、その個性が尊重されていることで、人それぞれ、固定概念に捕らわれることなく、等身大の自分自身でいられることは非常に心地よく、これからの人生を生きる上で大きな自信になった。

以上、集団主義や個人主義の対照的な文化の中で、自分自身と捉え方について書いたが、僕は、どちらが一方より優れていて、どちらが一方より劣っているとは思っていない。集団主義(利他主義)を追求しすぎても、自分が窮屈になるだけだし、個人主義(利己主義)を追求しすぎても、結果、社会が安全な場所でなくなってしまったり、他人を気遣えずそのツケが自分に回ってたりしてしまうことになってしまう。それぞれに良いところ悪いところがあるのだと思う。大切なのは、自分の中で判断し、良いところを吸収して、自分の人生に生かすことなのではないか。

という意味では、世間体や、周りの目を過度に意識することなく、適度に自分を貫いても良いと気づけたから、非常に有意義なことを学べたと思っている。

僕らはもっと自由に生きて良い。